bonotakeの日記

ソフトウェア工学系研究者 → AIエンジニア → スクラムマスター・アジャイルコーチ

兵庫県警ブラクラ摘発の何が恐怖なのか

兵庫県警によるブラクラ摘発が話題になってもう3週間ほどになるんでしょうか。

最初は中学生がこの件で「補導」(触法少年として刑法犯扱い)された事が話題になりましたけども、その後、僕は同時に摘発された男性に関する以下の記事が出て「これは本当にマズイ」と感じるようになりました。
そして、この件で僕が感じているこのザワザワした感情が 恐怖 なんだ、という認識に至りました。

nlab.itmedia.co.jp

以下、僕がこの件で何を恐怖と感じているかを書きます。
書いてあることは他でも言われていることの何番煎じかわからないものですが、あくまで僕自身の所信表明ということで。

目次:

1. ブラクラをウィルスと同列のものとして扱っている

上に挙げた記事を読む限り、兵庫県警はウィルスとブラクラの区別がつかないのではなく、むしろ区別して扱い、しかしブラクラも不正指令電磁的記録に関する罪に該当すると判断した、ということのようです。

ネットを利用する多くの人は理解していることですが、ブラクラが猛威を振るったのは2000年代前半まで。以降はブラウザが対策してほとんど何の被害も及ぼさなくなりました。ここ10年ほど、僕はブラクラの類に出くわしたことは1度もないです。
今は子どものいたずらレベルのジョークプログラムしか基本できないし、実際に今回対象になったのも子どものいたずらレベルのチャチなもの。これのリンクを貼るだけの行為を3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に相当する犯罪として摘発する、と警察が判断したのがまず恐ろしいのです。
実際、兵庫県警は取材に「いたずらだったことは重々承知しているが、現行法では懲役、もしくは罰金刑になる犯罪」と回答したようですがそんなわけあるか。
兵庫県警は勘違いしているみたいですが、この法律は元々実害の大きいコンピュータウィルスを対象に作成されたものです。 量刑も当然そこに合わせての設定です。
厳密にはウィルスではないが同様に害の大きいマルウェアも対象にできる、ようにはしていますが、誰もジョークプログラムをウィルスと同列に扱う必要があるなんて思っていません。警察以外は。

2. ループの本質を警察が理解していない

上記の記事から、摘発されたAさんの回想による刑事とのやり取りが掲載されていますが、

Aさん:あの……僕の貼り付けたURLがそのブラクラで、そのURLをクリックした誰かのPCが壊れたんですか?

女性刑事:いや、今回のはOKボタンをクリックするとポップアップがずっと消えずに永遠と表示され続けるループスクリプトなんだけどね。

Aさん:……ポップアップがどんな物なのかは想像付くんですけど、ループスクリプトって何なんですか?

女性刑事:まぁ簡単に言えば同じ動作を繰り返すプログラムだってことだけ理解しておいて。OKボタンを押す度にそのポップアップを何度も何度も表示させるのが今回のループスクリプトなんだよね。

ブラクラ」の一種として「ループスクリプト」があり、その「ループスクリプト」とは「同じ動作を繰り返すプログラム」だと定義しています。

この記事で、プログラマやITエンジニアが一番恐怖を感じたのはここではなかったでしょうか。僕は心底ゾッとしました。 同じ動作を繰り返すプログラムをウィルスと同等とみなして刑法の罪に問うということですから。

いや、当初からみんなこれを問題にしていたのであって、はむかずさんの「みんなで逮捕されようプロジェクト」もここの無茶苦茶っぷりを揶揄したものなんですけども、ここが兵庫県警を含む、コンピュータに疎い多くの人達に伝わってないのではないでしょうか。
恐らく警察は問題を理解してないので、このプロジェクトもただの警察への挑発としてしか受け取れていないのでは、という気がします。取材でも「自分の子どもにもそんなことが言えるのか」なんて相当頓珍漢な回答をしていますし。

プログラミングを知らない人に端的に説明すると、兵庫県警の言う「ループスクリプト」は、誰でもプログラミングをすれば絶対に書いてしまうものなんです。 それをウィルスと同様に摘発するということは、プログラミングするすべての人が摘発の対象になるということです。

以下、もう少し詳しく説明します。完全にプログラミングを知らない人向けです。

ループはプログラムに欠かせないもの

僕は情報工学科に進学した大学1年の最初に、プログラムの基本構成要素は順次、分岐、繰り返しの3つだと教わりました。今だと同じことは高校の情報の授業なんかでも教えてるかもしれません(カリキュラム知らないのでわかりませんが)。 順次は、並べた命令を順番に実行すること。分岐は、条件判断をして、判断に応じて処理を変更すること。そして繰り返しが、同じ動作を繰り返すことです。
つまりループ(繰り返し)はプログラムの中の本質的な構成要素であり、ループなしではコンピュータの機能をほとんど活かせないことになります。

どれだけループが本質的なものか。今は自動運転の開発が盛んですが、例えばアクセルの自動プログラムを作るとなったら、たいていこんな感じになるんじゃないでしょうか。

運転している間ずっと
    もし加速する必要があったら
        アクセルを強める
    もし減速する必要があったら
        アクセルを弱める
    それ以外
        アクセルはそのまま
という処理を繰り返す

つまり「アクセルを調節する」を運転中ずっと繰り返す、と書くわけです。
人間でも、運転中ずっとアクセルを調節するという行為を繰り返しているのでは。コンピュータのプログラムだって同じで、これを書けないとまともなプログラムになりません。

止まらないループは簡単にできあがる

あともう1つ、プログラミングに詳しくない人がピンとこないのでは、と思うのが、ループが止まるか止まらないかは簡単には判断できないことです。
難しい話をするなら、どんなループに対しても止まるかどうかを判断できる、という一般的な方法はないことが理論的に証明されています(チューリング機械の停止性問題の決定不能性)。 ただ、そんな小難しい話を知らなくても、プログラミングをそれなりにやったことがあればうっかり無限ループするプログラムを書いてしまって困ったという体験をした人は多いのではないでしょうか。
僕自身、もう情報科学の専門教育を受けてから20年以上経ちますが、つい先日も作成中のプログラムが止まらなくなってキーも受け付けなくなって、コンピュータを強制終了したばっかりです。 ループが意に反して止まらないのはいつでも起こり得ることなんです。

まとめると

以上の2つを踏まえて今の状況を例えるなら、しょっぱい料理を他人に出したら傷害罪として摘発されるようになった、という事ではないでしょうか。
塩や醤油は料理に欠かせない調味料で、一生無縁な料理人は恐らく存在しないでしょう。しかし、塩のさじ加減を間違えたら摘発するぞ、と警察が日本国民に宣言したのです。 こんな状況下に置かれれば、世の料理人はみな震え上がるのではないでしょうか。
しかし現に今、そういう状況下にITエンジニアが置かれているのです。めちゃめちゃ怖いし、文句の一つも言いたくなるのが分かってもらえるでしょうか。

なお、法務省の解説 によれば、バグはこの罪に問われないことになっています。 しかし意図的に作ったものや、バグを突いて悪用した場合はこの限りでないそうで。上の議論も併せて考えれば、意図的かどうかの境目はとても曖昧です。
さらに言えば、以下の点で法務省の解説レベルだと警察は簡単に無視するようで、何の気休めにもならないのです。

3. 故意犯の要件を満たしていないのでは

この点、僕は法律に関しては素人なので間違っていたらスイマセン。

最初に挙げた記事の中で、Aさんは別のジョークサイト(怖い画像が出てきてビックリさせるもの)へのリンクを貼ったつもりが、間違って問題のループスクリプトへのリンクを貼ったと述べています。 つまり、Aさんがループスクリプトを貼ったのは間違い(過失)であって、この時点でAさんは故意犯ではなくなっているように思います。
この罪は本来故意犯でないと適用できないもののはずです。 先に挙げた法務省の解説でも、「その時点において,それが不正指令電磁的記録であることを認識していなければ,同供用罪は成立しない。」としています。

にもかかわらず、兵庫県警の刑事は本人に罪を認めさせようと話を進め、最後には

チーフ男性刑事:(間違って貼ったリンク先が)PC内部のデータが破損やデリートされたり、個人情報を抜き出す悪質なウイルスだった場合のこと、考えてみろよ。

(カッコ内は筆者)

と、まったく架空の話で、しかも仮にそれが成立してもこの罪は適用できない例を出してAさんに罪を認めさせています。メチャクチャじゃないです?

まとめ:僕らはずっと声を挙げ続けないといけないのではないか

僕は基本小市民で、日常生活では割と警察に対して協力的です。好感こそあれど悪感情なんて普段は持っていません。
でもこれはダメだ。敢えていいますが兵庫県警の対応は様々なレベルで間違いを犯しているし、彼らがやったことは日本国民に対する脅威であって、認められません。
コンピュータに関わることを生業にしている僕にとっては生存権の侵害だとすら感じます。

反社会的な行為に出るつもりは更々ありませんが、彼らの暴走を止めるためには、脅威を感じた僕らはずっと声を挙げ続けないといけないのではないでしょうか。

[追記] 昨日から日本ハッカー協会が、摘発されたうち2人の弁護士費用を工面すべく募金活動を始めました。

www.hacker.or.jp

僕も募金しましたが、もし僕と同じくこの事件を脅威に感じている人は、ぜひ募金して下さい。
協会のページにも書かれているのですが、

今回のアラートループの事案がこのまま正式裁判で争われることなく略式命令が確定してしまうと、過去の有罪事例として「実績」となってしまい、他の地方警察や検察の判断にも影響し、次々と際限なく不正指令電磁的記録の対象が拡大されていってしまう事態になりかねません。

ということで、他人事ではありません。この事件で摘発された人達の罪を確定させれば、次に苦しむのは僕らです。

注:bonotakeは、amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、 Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。